ちゅららな女性(ひと)

「真の美しさ」とは、表面的なものだけではなく、心持ちや生きる姿勢などその土台があってこそ醸し出されてくるものだと思います。
ちゅららも美しい素肌づくりのための基礎化粧品。いわば「お化粧前の土台づくり」です。
このコーナーでは「女性の美しさの土台」という観点から、ちゅららシリーズをご愛用いただいている素敵な女性にお話を伺ってご紹介してまいります。

第一回 祇園「つる居」の女将 田中泰子さんと芸妓の照古満さん

渡久地 澄子(とぐち すみこ)

栄養病理学を基盤とし、食・病理・環境・法的それぞれの立場の間に立ち環境問題で活躍されている市民カウンセラー。

<主な活動>

  • アジェンダ21うるむい代表
  • 沖縄県女性団体連絡協議会事務局長
  • ゼロエミッション基本構想審議会 副会長
  • 基地・軍隊を許さない 行動する女たちの会 他
  • ラジオ番組のパーソナリティ
  • 国際ボランティアの会(タイ・ラオス少女の支援活動を約20年に渡り活動中)

米軍基地内における環境・衛生問題・ゴミ処理問題をはじめ、女性地位向上活動を中心に活躍。
環境意識の啓発のために10年に渡りラジオ番組『環境工房21』のパーソナリティとして沖縄の地域資源を活用した産業品や女性が開発した商品を紹介。
沖縄から世界を舞台に活躍しつづけてきた女性。
バイオ21株式会社創業時の取締役。「ちゅらら」を育ててきた一人。

創立者が寝たきりの母の介護から清拭剤として考えていたものがちゅららの基盤。その後、化粧品へと歩みだした影には環境問題に敏感な沖縄の女性たちの声がありました。ちゅららが防腐剤無添加化粧品にこだわりつづけている理由もここにあります。
今回は、その中心的な人物、環境カウンセラーとして日本を代表し世界的に活躍されてきた渡久地澄子先生にお話を伺いました。

環境活動から

「私が高校を卒業した昭和30年後半(沖縄返還前)は、女性が気軽に大学に行く時代ではなかったの。仕事と言えば簿記という時代。簿記は嫌いでね。歴史や語学、科学が好きだったものだから、半ば、家出の心境で、働きながら学ぶためにで本土の看護学校に行ったの。
その後、もっとという向上心から国立の看護師も受けたり。」

だから、病理や栄養学がベースにあるのですね。
先生は、32の女性団体をまとめる県の女性団体連絡協議会の事務局長も努められましたが、環境問題への活動をはじめられたきっかけとは何でしょう?

「85年にナイロビで開催された世界女性会議に出席する機会があった。当時はアパルトヘイトが激化している時。
会議には殺されるかもしれないという状況の中で来ている人もいれば、イランイラク戦争の中で来ている女性達も参加していた。でも、日本から行ったメンバーには緊迫感や問題意識がなく、世界との温度差をとても感じたわ。」
「私は、アパルトヘイトのワークショップに入り、そこで、女性が動けば、絶対に勝つ!と、女性の行動力を実感したの。その後、アパルトヘイトは解散になり、今の民主主義の足がかりになった。世界女性会議とはそんな場。
帰国後は次々と呼ばれる場が増え、気づいたら『平和と女性の立場』というテーマと言えば、『私』というイメージがすっかり定着してしまったわけ。
世界女性会議を通じて世界情勢を見てきた人、そして私も戦争の経験者、だから言葉に説得力があった。」

「95年、北京で開催された世界女性会議の時には、準備会委員長を務め、ナイロビ会議での失敗を繰り返したくないという強い思いで準備をし、沖縄から73名の女性を送り出したのよ。
北京での女性会議では、戦時下で少女及び女性に対する暴力は犯罪であるということが決議さた。でも、丁度その時期少女暴行事件が沖縄で起きていてね。沖縄は戦時下ではないけれども軍隊が駐留する場。「基地・軍隊を許さない 行動する女たちの会」というのを即作り上げたのよ。」

「それがね〜、その時、記者会見も開いちゃったの。私はまあせいぜいRBC(琉球放送)とかが来るのかな?と思っていたら、マスコミがいっ〜ぱい来ちゃって!その中にはBBCも来ていて!あらあら、国際的な記者会見になっちゃったわ!ってびっくりしたわ(笑)」

普通の女性が成し遂げられる話でもなく、重い責務も、楽しそうに熱く語る先生。お人柄とパワー、人としての器の大きさに驚かされます。

「ピースキャラバンでサンフランシスコへ行った折り、大きな基地の跡地利用として作られた国立公園に行ったの。その基地跡地の汚染はただならぬ状態だった。それが驚くことに現地の基地クリーンアップ専門家から、『ここと沖縄の基地とは関係が深いのですよ』と話してくれた。60年代にベトナム戦争があった時、負傷兵や死傷兵の縫合などは沖縄で行い、遺体はプリシリオに送っていたっていうの。しかも、負傷兵や死傷兵を洗いながした液はすべて海に流していたそうで。私は、栄養科学・病理学が専門なので、その時の話を聞いた時、それがどんなに危険なことなのか、環境汚染や人体に及ぼす影響、その危険度も理解できたわ。でも、沖縄では米軍基地の中で何が行われているかなど、県民は知る余地もない。それを外から普天間基地・嘉手納基地内で行われていることを具体的に知ることになり、あわててその現場から日本の記者にレポートを送ったの。」

「過去にさかのぼれば、沖縄では様々なことが起こっていた。例えば、枯れ葉剤が沖縄基地から運ばれた時に、その残りは県内の最終処分所に捨てられ、そこから水が流れ出て、東海岸に流れ出る。そして、そこで泳いでいた子供達にじんま疹が出たの。ダイオキシンの症状ね。」
「沖縄の基地が返還されるようになったが、返還地には、カドミウムや水銀など重金属元素10種類、100トン近くタンクに残っていたりしたこともあった。そういう問題が出る度に、人体への危険があるかどうか?という問題になると私が呼ばれるようになってしまい、今度は次第に『基地と環境』が私の専門になってきてしまったわけ。」

「当時は私は50代だったかな、まだ若かったのよね。エネルギーが満ち溢れ、怖いものなしだったわね(笑)」

今日も中国とのワークショップを終えてきたと語る先生のパワー。今も全く衰えていません。
お話を聞きながら、私自身「まだまだこれからだ!」と思えるか自問してしまいました。

ちゅららができる前

「県内外から環境に関わる人が集まったゼロエミッション構想(注1)の時には、私は沖縄県女性団体連絡協議会事務局長の立場で参加した。そしてそこで、その後のバイオ21(ちゅらら)の立ち上げに繋がるメンバー、創立者の相原さんや、マーケティングの観点から環境政策をしている琉球大学教授の伊波美智子さんにお会いし、深くお付き合いすることになったの。」

先生は、ゼロエミッション基本構想審議会では副会長をなさったのですよね?

「なろうと思ってなったわけはないのよ。ただ県から推薦されちゃったので、その時は、まあいいさぁ〜、なんとかなるさぁ〜と思っていてね。(笑)」

立場や専門分野はそれぞれ異なるものの、渡久地先生、伊波先生、バイオ21創業者の相原、そして現在のバイオ21株式会社、池田社長も、このゼロエミッション構想に関わっていた一人です。
つまり、ちゅららの誕生と成長に関わってきた人たちは、実は元々環境の領域で活躍してきた方が集まっています。一般の化粧品とは何か違う自然派化粧品であるのは、こんな理由もあるからでしょう。

注1)「ゼロエミッション・アイランド沖縄」構想とは、21世紀の沖縄が環境の保全と産業の振興というバランスの上に、美しい自然と豊かな暮らしを両立させていくための第一歩となる未来に向けての構想。
環境庁は、「ゼロエミッション・アイランド沖縄」構想の策定に向けた調査を沖縄県に委託。
沖縄県は、平成11年12月、県内外の学識経験者、関係団体の代表者等で構成される構想検討委員会を設置し、本格的な検討を開始した。

沖縄の心・今も続く先人の語り

私(バイオ21東京オフィス勤務)が沖縄に行くと小さなことにも発見があります。
那覇市内の洒落た居酒屋の化粧室で目に留まったものは、「ご自由にお使いください」と書かれた紙箱。中には新聞折込チラシで作られた汚物入れ用の袋が入っていました。ノリやテープを使用せずに、折り紙で紙コップを作るようにしてできたもの。お金かけずに手間をかけている温かみのあるサービスです。東京の似たような店舗ではマウスウォッシュや、楊枝、めん棒など、一見気の利いたサービスを見受けますが、結局、客単価も高いのでこのサービスも自分で料金払っていることになるのでしょうか?
無駄なく物を大切にする精神は日常の沖縄の生活の中にも感じられます。ECOは自然に対する気遣いと暮らしの中のちょっとした工夫。それがスマートであれば、「ケチ」ではなく、お客様を迎える心、「やさしさ」になるのでしょう。

沖縄の心、そして「ちゅらら」の心。
「余分なものは使わない」「余分なものは加えない」
ちゅらら育ての親でもある渡久地先生に、聞いてみました。

沖縄は、島国。全てのものを本土から輸送しているのでは、費用もかかりとても持ちません。島に必要なものは自活して、自分たちで作っていかねばならない環境下にあります。また、島国であるが故に、ゴミを海に捨てたら、環境を汚染したら、それは自分達に還ってくるということを県民は知っています。

「不要なものは加えない・不要なものは使わない」これが沖縄の心ということですね?
「そうですね。確かにその通り。でも、でも、まだあるの!それは、沖縄の人たちは、みな沖縄の植物や野菜がどんなに身体に良いものかをよく知っているから。それ以上何かを加える必要はないとわかっているからなのよ。」

「沖縄には、大和とは違う沖縄の台風があるの。地上のミネラルは雨によって海に流れ出してしまうけれど、台風の時に海から潮風と一緒にミネラルが島全土に振りまかれる。だから、沖縄で育ったものにはみんなミネラルが入っているの。草でさえミネラルがいっぱいよ。動物もそれを食べて育つ。輸入された野菜、大豆やトウモロコシなどの穀物にはミネラルが少ないのに、沖縄の穀物はミネラルが豊富。人間の体はどんなに良い野菜を食べていてもミネラルがないと栄養にはならないの。また、沖縄では日常からミネラルをたくさん摂取しているから、更年期障害で悩む人も少ないのよ。」

「それから、沖縄では“てぃーだ”(沖縄の言葉で「太陽」)を神として考える太陽信仰があり、全てが“てぃーだ”の恵みも受けていると信じているの。先祖から長寿の源は空から振り注がれると聞かされている。沖縄の人々は島の風と雨と太陽の恵みを受けた沖縄の植物の素晴らしさを知っている。だからこの島の植物や野菜が好きなの。」

なるほど・・・。長寿県沖縄の秘密もいろいろ出てきますね。
沖縄のちゅらら社員も、『うちのおばぁがいうにはね…』と、よく私にいろいろなことを教えてくれます。先代からの教え・智恵が、しっかり次の世代へと伝えられていますね。また、言い伝えが、科学的な観点からも裏付けされていると聞くと、「おばぁたちの言葉」の重みを実感します。


沖縄と女性

沖縄には活躍している女性が多くいらっしゃいますよね。なぜか、沖縄と言えば「おじぃ」より「おばぁ」のイメージがあります。
沖縄の女性代表として先生に、沖縄の女性達について伺いました。

「沖縄では、『姉』や『妹』が男兄弟を護ってくれる神的存在として風土的に教えられているの。うない神(護神)と言うのよ。琉球王国時代の王も、最高女神官である「聞得大君(きこえおおきみ)注2 その人の命令に従ったわよね。儒教の教えとはちょっと違うけど。」

確かに、沖縄女性の強さとは、内面ですよね。

「沖縄では男は家を継承しなくてはならない。嫡子(ちゃくし)だから嫡子だからって縛られてそりゃー大変よ。でも、女は家に縛られなくていい。沖縄の女は自由よ」

えっ、女性は自由? 嫁だから、女だからと縛られることはないのですか?
「えっ!沖縄は無いわよ。嫁だからなんて言わないし、思ってもいないわよ。」(同席していた沖縄ちゅららスタッフ・既婚者も横でうん、うんと頷く)

「沖縄の女は自由よ。沖縄では女はよく「模合(もあい)」注3 して、お金もあるしね〜。みんな楽しんでいる。縛られずに、もっと自分らしく生きないとね!」(全員:笑)

注2)聞得大君(きこえおおきみ)
聞得大君(きこえおおきみ)とは、最高女神官。1470年に即位した王の娘・王女が初めて大君に任命されて以来、王族の女性が代々その職につき、明治12年(1879年)の首里城明け渡しに至るまで存続しました。
ちなみに、琉球国王や聞得大君(きこえおおきみ)の参拝である地斎場御嶽(せーふぁうたき)は世界遺産にもなっています。

注3)模合(もあい)は、沖縄でとてもポピュラーな金銭的相互扶助システム。メンバーが定期的に集まって一定の金額を出し合い、その集まったお金を順番にとるという仕組み。

最後に、沖縄から世界を舞台に活躍してきた先生から、女性たちへのメッセージをお願いします。

「自分に正直に生きている人はみな自信をもっている。それはベースをしっかりさせ、価値観がしっかりしてくるから。自分をごまかしていきている人は柱が見えなくなってしまう。
だから、失敗してもいい。失敗を恐れず行動しなさい。やらない後悔をするな。必ずやってから後悔しなさい。」
「やりたいと思ったことは必ずやること。小さい大きいは問わない。shallではなくwill。
自分の意思は通じるのよ。今をしっかり生きる。自分に忠実に生きて欲しいわ。」

編集後記

7つの海を越え、世界の至るところに出稼ぎに行った琉球の人達。遥か昔から開かれた国際性のある島。悲しい歴史があっても、沖縄にはポジティブに活躍する女性達が多くいます。
ちゅららの誕生時に、このような偉大な女性達が多く関わってきたことを嬉しく思います。
最近の沖縄イメージとして、美しいリゾート地や、ゆったりしたスローライフな生活がクローズアップされがちですが、ここには日本の中でも特異な地理・歴史・伝統・風土に基づいた「深さ」があります。そういった沖縄の違った一面をまたご紹介できたらと思います。ちゅららに詰まっている沖縄の心は深いのです。